「雪は天から送られた手紙である」1936年、中谷宇吉郎博士は北大で初めて人工雪作りに成功した。博士は成長環境の僅かな違いが結晶の多彩な構造を生みだす源である事を示した。以来結晶学の分野においては様々な形状の結晶が創造されてきたが、我々は世界初のトポロジーの概念を取り入れなければ説明が付かない新たな結晶「トポロジカル結晶」を発見した。トポロジーとは系のサイズに因らない普遍的な数理構造を論じる学問であり、従来の結晶学から来る成長形、平衡形と異なる非自明なトポロジー空間を持つ本結晶の謎を紐解く上で必要不可欠な考えである。我々はトポロジーの観点から新たな普遍数理構造を結晶に見出せないかと研究している。

 通常、結晶とは原子の配列が離散的並進対称性を持つ、つまり空間的に繰り返しパターンを持ち、その周期は格子定数の周期で表される物質である。近年、我々の研究室において「トポロジカル結晶」が発見された。これは局所的には通常の結晶と同じと見なせるが、僅かな曲率によって大局的に結晶の両端が閉じて「端が存在しない」。さらに1周する間にπ、2πの捻りを持つメビウス、8の字といった結晶も発見された。このような大域的構造は結晶を切る、繋げるという動作無しにはトポロジー的に同相にならない。従来のバルク結晶において必要ではなかったトポロジーの考えを導入しないと説明出来ないこれらの結晶は非自明な空間における物性探索の必要性のみならず、従来見逃されてきたトポロジーの視点から立った新たな分類法等、数多くの可能性を引き出したと言える。我々はそのような観点の元、トポロジーの異なる普遍数理構造の探索とその応用に向けて研究を行っている。

Fig1. 大域的に閉じたループを形成したトポロジカル結晶群
上からリング・8の字・メビウスのトポロジーを持つ
Satoshi Tanda, Taku Tsuneta, Yoshitoshi Okajima, Katsuhiko Inagaki, Kazuhiko Yamaya, and Noriyuki Hatakenaka Nature 417, (2002) 397

 トポロジカル結晶は、結晶固有の剛性に反してリング、メビウスの帯といった閉じたループのトポロジーを持つ。我々はさらに、二つのリング結晶が互いに絡み合う、新しいトポロジカル結晶を発見した(Fig2)。その二つのリング結晶は、”トポロジー的”に結合しており、化学結合を切らなければ分離することは出来ない。この結晶の持つトポロジーは、二つの閉じたループの絡みの中で最も基本的な構造でホップリンクと呼ばれる。この構造は埋め込み多様体を用いる事で初めて分類が可能になる。トポロジカルに非自明な空間を形成するこれらの結晶の発見により、量子力学や、結晶学などにおいてトポロジーの概念を導入した新しい発見が期待される。


Fig2. より複雑に絡み合ったトポロジカル結晶
一方を切る作業を経なければ分離する事が出来ない
J. Cryst. Growth 297 (2006) 157、松浦、山中、畠中、松山、丹田




 結晶の中にはその構造を反映して特定の方向の成長が早い、または電気を流し易いといった特徴を持つ物が存在する。例えば遷移金属トリカルコゲナイドは遷移金属と3つのカルコゲナイドが交互に結合して鎖状に成長し、太さ方向に比べて長さ方向の成長が著しい1次元物質として知られている。電気伝導も結晶成長と同じ方向に良いため、この結晶の伝導電子は1次元的に振舞う。このような系では3次元のバルク結晶には無かった基底状態や物性が顕になってくる。密度波(CDW・SDW)や整数(分数)量子ホール効果、朝永ラッテンジャー流体等は3次元系には無い、その代表格である。次元を操作する方法として結晶自身が低次元構造を持つ物を用いる方法と、微細加工によって系その物を低次元化する方法、逆に圧力をかけて波動関数の重なりを増やし、高次元化する方法等がある。我々はその中でも元々低次元構造を持つ結晶を微細化する事で1次元、2次元性を高め、新たな現象が発現しないかを研究している。
 Fig3は2次元電子系で発見された階層電荷密度波構造である。電子が集まりクラスターを作る時、そのクラスターに所属する電子数が1、7、61という数列法則An+1=9×An−2に従う事を発見した。この数列法則は2次元3角格子系のクラスター成長に階層性と最大埋め込みの制約を課す事で数学的に導かれる階層蜂の巣構造とも言うべき普遍数理構造である。我々は低次元結晶の次元性を結晶成長、微細加工等の様々な方法でコントロールし、このような普遍数理構造が発現しないかを探求している。


Fig3. ナノ結晶上で発現したK空間トポロジーが作り出す階層電荷密度波構造
7個の原子が1分子を作り、7個の分子が1超分子を形成している
T. Toshima. K. Inagaki. N. Hatakenaka. S. Tanda. J.Phys Soc. Japan 75 (2006) p024706