普遍数理構造を探るトポロジー理工学


トポロジー(位相幾何学)とは、連続変形で移り変われる空間を同一と見なし、詳細な情報によらない空間の普遍的性質を扱う学問である。トポロジーの視点で自然界を観ることは、宇宙から素粒子、ウィルスから人の活動に至る様々な現象を、物質の種類やエネルギースケールによらない普遍数理構造で統一的に理解できる可能性がある。自然界に潜む数理構造の背後にある普遍性を実証するべく様々な研究を行うと同時に、なぜそのような普遍的な数理構造そのものが存在してしまうのかも探求する。


階層蜂の巣構造

自然界には構造や現象が数列法則に従って記述されるものが存在する。自然界に現わ れる数列法則を 見つけ出し、それに従う理由を解明する事は数学的な美しさのみならず自然の神秘性 を理解する上で 人々の感動を呼ぶ。我々は2次元電子系において数列法則An+1=9An-2に従う普遍階層 構造を発見した。 これは3角格子状に配列した電子がK空間のトポロジーによって階層的な引力が働き、 隣接する電子を 引き寄せ分子構造に、分子を引き寄せ超分子構造になる。 この数列は2次元球が隣接する球を引き寄せ、その時に出来る隙間を埋め込んだ際に 得られる最大 埋め込み個数と同じ命題である普遍数理構造が実現している事が判明した。 我々はこの普遍数理構造を宇宙における銀河-銀河団-超銀河団の階層構造解明に適用出来ないかを試みている。
参考:豊嶋剛司 2006年度博士論文


トポロジーチェンジ法とトポロジカル剛性

実空間のトポロジーが非自明な場合、その空間上の秩序場(結晶や磁性、電荷密度波など)に大きく影響を与える。秩序パラメータ場ρ(x)eiφ(x)にトポロジカルな位相が付くことがあれば、秩序に対応する剛性に新しい性質(トポロジカル剛性)が付加されるかもしれない。この仮説を実証するために、トポロジカル結晶のトポロジーを変えるトポロジーチェンジ法という新しい切り口で実験を行った。トポロジーチェンジ法とは、リング結晶を切ることによってそのトポロジーを変え、切断後の形状変化に着目する方法である。実験の結果、切断したリング結晶の形がトロコイド曲線になっていることを発見した。この形になることは、結晶の弾性エネルギーだけでは説明できず、トポロジカル剛性のような新しい概念の必要性を示唆する。

図:リング結晶の切断実験
参考:松浦徹 2006年度博士論文


結び目渦

銀河渦や竜巻など、あらゆるスケールで渦の構造が観測されている。 しかし、その発生消滅メカニズムは非線形、非平衡系であるためよくわかっていない。 渦発生におけるトポロジーの役割を調べるために、金属表面にレーザー照射し金属流体渦を励起させ、 渦の痕跡を電子顕微鏡で観測した。その結果、トポロジー的に区別できる結び目構造(ヘリシティー)を持つ 渦が励起されることがわかった。渦のヘリシティーと励起メカニズムの関係を調べることで、渦生成消滅 メカニズムの普遍的性質を明らかにしていく。

参考:宮沢正 2006年度卒業論文


ポリトープ結晶の発見

最近、我々の研究室でMX2結晶の成長条件を変える事で左図に示すポリトープ(多胞体)結晶が 発見された。このような形状は連続変形する操作では通常のバルク結晶と変わらないため、 トポロジー的には同相となる。これはトポロジカルな分類法には先端が尖る事や負曲率を 持つといった特徴は反映されないためである。 しかし、系に含まれる2点間の関係を考えると右図のようにA-B点は直線で表されるのに 対してC-D点は系に含まれない領域を通る事を許さない限り直線では表せないことがわかる。 これはネットワークにある点間に接続を許可しないという特異点を加える事や、ボロノイ図に おける変化に当たり、そういう視点ではバルクと多胞体はトポロジカルに同相と言えない。 我々はトポロジカルな分類法を結晶の連続変形のみならず、その大域形状の特徴(頂点と 辺の関係やオイラー数変化)を取り入れる新手法へと昇華する事でより複雑な現象を理解する 普遍数理構造を解く鍵になると考え、研究している。

図:ポリトープ結晶


図:6角形内の任意の点Aと系の任意点Bを結ぶ直線は系に含まれるが、
隣接する星部分の2点C・Dを結ぶ直線は系に含まれない。



ネットワークとしてみる世界

近年,コンピュータ処理速度の高度化に伴い大規模なネットワーク解析が可能となった。 その結果,自然界,人工物,人間界における多種多様なネットワークには一定の秩序が存在することが明かとなった。 ネットワークの性質を特徴づけるスモールワールド性やスケールフリー性の発見をきっかけとして, ネットワークに関する研究は分野横断的に爆発的な広がりを見せている。自然界における生態系の捕食・被食関係, 遺伝子ネットワーク,タンパク質の化学反応,人工物におけるインターネット,電話回線網,発電所の送電ネットワーク, 人間界における研究者の共著関係,映画俳優の共演関係,単語の共起関係,友達関係,経済取引関係など多岐にわたる。 様々な現象をネットワークとして捉えることは,他の多くの情報を捨象することを意味するが,順序や形といった トポロジー情報だけから多種多様なネットワークを分類し,普遍的な性質を見いだすことができれば, 現実の複雑に入り組んだ現象を読み解くツールとして大きな武器となることが期待されるのである。 今後は,リンクの向き付けや重みといった問題をどのようにネットワーク分析の中に統合化していくかという 課題と取り組んでいくことになるだろう。

図:第二次苫前町地域通貨流通実験ネットワーク図